われわれは危険な状態にあるのだろうか
「民間防衛」は表題の一文から始まる。余程の文才のある方が連邦法務警察省におられるのだろう。「民間防衛」は全編を通して高度に洗練された、的確な文章によって編み上げられた「作品」である。こういう文章を書くのはスイス人の性格も関係しているのかも知れない。そういう中で書き出しを飾るにふさわしいと思えるのがこの表題の一文なのである。
スイスは、侵略を行うなどという夢想を決して持ってはいない。しかし、生き抜くことを望んでいる。スイスは、どの隣国の権利も尊重する。しかし、隣国によって踏みにじられるのは断じて欲しない。
スイスは、世界中で人類が行うあらゆる建設的好意には全力を尽くして協力する。しかし、みずから行うべきことを他人からさしずされたくはない。工業国、商業国としてのスイスは、自由競争の条件のもとで全世界と貿易をしており、スイス製品は一般の高い評価を受け、わが国民の職業的良心を立証している。
しかし、このような評価によって、スイスが、起り得る大戦争の局外に立ち得るわけではない。
ヨーロッパにおけるスイスの戦略的地位は他国にとって誘惑的なものである。その交通網は、交戦諸国にとって欠くことのできないもののように見える。簡単にいうならば、
われわれは受身に立って逃げまわる権利を与えられていない。
われわれは、あらゆる事態の発生に対して準備せざるを得ないというのが、最も単純な現実なのである。
ツ黴文中の「スイス」を「日本」に、「ヨーロッパ」を「東アジア」に置き換えれば、この文章はそのまま今の日本の状況を説明する内容になってしまう。中国海軍が太平洋に出て行くためにはどうしても日本の存在が邪魔になる。そして中国が影響力を拡大しようとしている沖縄、尖閣、台湾、東南アジアなどの地域はほとんどが日本のシーレーンと重なってしまう。
私は長年中国語を学び、中国の歴史・文化・民族について親しんできた。日本の次にもっとも好きな国は中国であり、さまざまな地域を旅行し、いろんな街に住んだ。中国人の友人もたくさんいる。この両国が仲良く平和な関係を続けていくことを何よりも望んでいる。
私には単純な反中意識も無ければ、差別意識も無い。ただ、だからこそ私は中国の脅威を理解する。巨大な武力を準備し、遠大な戦略をもって、覇権の拡大を進めている隣国を警戒し、来るべき危機に備えなければならない。
「我々は危険な状態にあるのだろうか?」・・・我々は二つの「危険」に瀕している。一つは「中国の脅威」、そしてもう一つは「危険」に対してあまりにも無自覚なことである。

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