【中国・湖北大暴動】写真・映像でみる石首事件
6月17日から21日まで湖北省石首市で発生した警察・軍隊と人民との衝突事件の写真と映像は、現在ネット上に多数アップされておりますが、当方で収集した映像資料を整理し、事件の時系列に合わせて再構成してみました。事件の文字情報については2ちゃんねるのイカ即売会φ ★氏の訳文を借用させていただいております(ありがとうございます)。写真のキャプション(「▲」に続く文章)については当方でつけたものです。イカ即売会φ ★氏の原文についてはこちらをご覧下さい。
湖北石首市の永隆大ホテルの不可解な死亡事件に端を発した暴動は、ますます苛烈になっている。警察は、再三にわたってホテル内にある不審死した遺体の奪還を試みているが、石首市の7万人の民衆は街頭に殺到しているため、6月19日から20日までに立て続けに何度も警察と民衆の衝突が起こっている。

▲武装警察の装甲車と思われる。上部に放水銃?の砲塔らしきものが見える。車内から全てコントロール出来るようになっているのだろう。こういうところだけにはキチンと金をかけるのはさすが中国である。
警察は、暴動鎮圧車両や消防車を使用し、市民に向かって催涙弾を投げ、放水銃を噴射している。これに対して民衆は、小石やレンガの欠片、酒ビンなどで応戦し、遺体を奪還しようとする警察に抵抗している。現場は一面大混乱であり、消防車やパトカーは引っくり返され、発端である永隆大ホテルでは火災まで発生している。消息筋によれば、湖北省の副省長は石首市の現場に赴き指揮を執っており、また武漢と南岳山から軍隊が石首市に向かっているという。
■事の発端
6月17日夜、湖北省石首市の永隆大ホテルでは、不可思議な死亡事件が起こった。このホテルの23歳の調理師男性である○遠高さん(○さんずいに余。以降便宜上「塗」を使用するです)(石首市・高基廟鎮・長河村{訳者注:鎮は市町村などと同じく地域の単位})が、ホテルの3階から落下し、即死した。しかし、死亡現場には全く血痕がなく、近くで見ると遺体頭部には7つの穴が開き、そこから血が流れていた。事情を知る者が言うには、男性は生きているときに虐待によって殺され、さらに3階から投げ捨てられたという。遺体の頭部には釘による穴が開き、下腹部は挟み潰され、見るも無残だったという。
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▲豸i桃bウんの遺体の写真(むごいので貼りません。クリックしてご覧ください。)
ある消息筋によれば、死亡した男性は現地の公安局長、裁判所長夫人、永隆大ホテルの経営者による麻薬売買を知った後に被害にあったという。このホテルには石首市の某幹部が出資しているが、ホテルの経営は下降の一途であるため、麻薬売買に依存して経営を維持していたという。
事件後、ホテル経営者は、塗遠高さんの家族を避け、面会はしていない。ホテルの正面玄関が丸木を使って内側からガッチリと封鎖されたことに遺族と民衆は激怒し、入り口を叩き壊して開けた。
▲この写真は既に開けられた後のようです。
6月18日、遺族に対して、もし自殺であることを認めるなら3万5千元(訳者注:日本円で約50万円)の賠償を払うが、もし自殺と認めないなら今日の夜8時に遺体を強制的に火葬するとの通達を受けた。警察は執拗に塗遠高さんの遺体を火葬することを要求したが、遺族は不審点が明らかになるまでは決して応じないと、火葬を拒否した。
父親がホテル1階にガスボンベを持って来て、遺体を強奪しようとする者を巻き込んで死のうとしたため、同情した人たちがホテルの入り口に集まってきた。
19日、20日になると、声援を送る民衆は増えていき、遺体を奪い去ろうとする警察と何度も衝突があった。目撃者の話によれば、現場の民衆は多いときで7万人にも達したという。荊州の新聞社は報道するつもりで現地に向かったが、政府は船便を休止させ、一切の外部メディアの接触を絶ち、情報封鎖を試みた。
事情を知る者は、当局は1個師団の軍を呼び寄せ、さらに多くの部隊が石首市に向かっているという。
■目撃者:現場の民衆は団結して抵抗した
2009年6月19日午前1時頃、パトカーと霊柩車がホテルに到着し、遺体を運び去ろうとしたが、現場の数千人の民衆はホテル入り口に立ちふさがり阻止した。
6月19日午前8時、塗遠高さんが死亡してから36時間が経過したが、怒る民衆は依然として残っていた。数百人の石首市民は、自発的に遺体を護衛して丸々一夜を過ごした。8時すぎ、ホテル入り口には同情した人によって横断幕と民衆の署名入りの手紙が掲げられた。ほどなくして警察が現場を再度訪れ、また遺体の強奪を試みたため、民衆と衝突が起こった。十数人の同情した人と見物人が殴打されたが、これらの人は病院には搬送されず、直接牢獄行きとなった。このため、民衆と警察の感情的な対立はますます深刻化し、さらに多くの民衆が現場に集まった。人海戦術によって民衆は衝突において優勢となり、民衆は警察を撃退し、途遠高さんの遺体は奪い去られずにすんだ。

▲ホテルのロビーで奪われないように息子の死体と添い寝しているお父さんでしょうか。
午後1時頃、現場の数千人の民衆は、レンガの欠片や酒ビンによって警察の強奪を阻止し、霊柩車は引っくり返され、数十人の制服を着た警官が普段着の民衆に追い立てられ、現場(永隆大ホテル)から500mほど離れたバス停留場に身を隠すはめになった。停留場付近の主要道路は民衆で覆いつくされ、バスは仕方なく進路を変更したが、大多数の乗客は全く不満がなかったという。
6月19日午後3時、現地警察による最大の強奪計画は、また失敗に終わった。街頭に集まる民衆は約4万人にもなった。民衆の数はこのとき最高潮となる。石首市の地方政府は、やむを得ず武装警察に助けを求めた。6月20日夕方、荊州などから集められた武装警察が到着した。現地の民衆は小石や酒ビンで武装警察に抵抗した。多くの公安、武装警察車両は民衆によってひっくり返された。民衆が大量に集まったため、武装警察は撤退を迫られた。
6月19日夜、政府が6月20日の午前5時に再度遺体を強奪することを通告したため、数万の石首市市民は、すぐに街に向かい、永隆大ホテルの入り口だけではなく、市の主要な交差点まで人の海で封鎖した。
6月20日午前2、3時前後、500名前後の警察および武装警察が隊列を作ってホテル入り口に向かった。付近のバリケードまで進んだとき、数千人の市民からレンガと小石で攻撃を受け、警察と武装警察は再度撤退を強いられた。民衆の追撃は1キロほどにまで及び、パトカーは引っくり返された。
武装警察の撤退にも民衆は安心せず、多くの人が引き続き自発的にホテルの入り口の護衛にあたった。19日と20日午前早くの衝突で、数十名の市民がけがをしたり逮捕されたりした。警察と武装警察にも負傷者が多くあった。
事件の情報を統制するため、6月20日夜、石首市街のネットカフェは通信を遮断した。永隆大ホテル一帯は、電気が遮断され、街灯も消えた。入手した情報によれば、事件後、遺族と現地の民衆は北京と武漢の報道機関に電話をかけたが、石首に到着した記者は、政府職員に追い返されるという。伝え聞いたところでは、19日、石首市の市委員会の緊急会議があり、各国家機関の職員が現場入りを許さないのだという。
6月20日朝6時、未だに塗遠高さんの遺体は奪われずホテル内に置かれている。現場には未だ数千人がホテルの入り口を塞いでいる。空が明るくなるにしたがって、市民は続々と現場に戻っていった。7時頃、現場の市民が携帯メールで情報を回していた。聞くところによれば、大勢の武装警察が大型バスに乗って現場に向かっていて、少なくとも8台の暴動鎮圧用装甲車と少なくとも6台の高圧水を発射する消防車もこちらに向かっているとのことだった。石首市の民衆は関心を持って声援を送るよう、外部に呼びかけていた。
▲放水に使われたと思われる消防車。ガラスが割られている。
6月20日7時頃、およそ千人ほどの武装警察が石首市に集まり、永隆大ホテルに向かっていった。武装警察は催涙弾と放水銃を使った。雨が降ったため、催涙弾は大きな効果がなかった。最初、民衆は放水銃に撃たれてクモの子を散らしたように散開したが、散開後に反撃に転じた。彼らは武装警察に対して小石やレンガ、酒ビンを投げた。暴動鎮圧車と消防車はガラスが割られ、引っくり返される消防車もあり、武装警察は再度撤退を余儀なくされた。
▲引っくり返されたものと思われる警察の車両(30秒目あたり)
目撃者は、石首の民衆の心が一つになっていると言う。彼らは雨の中にもかかわらず勇敢にも武装警察に街頭での戦いを挑んだ。その中には女性や子どもも含まれており、泣きながら殴っている女性もいた。衝突の中で多くの人が負傷している。武装警察の盾が民衆によって落とされ、これで負傷した人は比較的重傷だった。
6月20日午前10時頃、さらに多くの民衆が街へと向かったため、民衆の気勢によって武装警察は再度撤退を強いられた。何台かの車両は現場に捨て逃げされていた。現場は一面レンガとガラスだった。付近の商店はほとんど休業だった。
事情を知る者が言うには、湖北省政府は、既にさらに多くの武装警察を武漢と南岳山から石首市に呼び寄せており、3両の装甲車、2両の対バリケード車、20台以上の武装警察、特別警察を乗せたバスが石首に到着しているという。
■目撃者:今晩には動きがあるかもしれない。
(すいませんです。省略です。)
■事情を知る者の内情暴露
事情を知る者が内情を伝えていた。彼が言うには「電力局長、公安局長、裁判所長夫人、永隆大ホテル経営者による麻薬売買が調理師に知られ、調理師がホテル経営者に給料増額を要求した後に殺されています。調理師がもし給与を増額しないなら、このことを言うと脅したため、彼は殺されたのです。」と話した。事情を知る者は「私は石首関係者です。嘘を言うつもりはありません」とも言った。
事情を知る者はこう話した。「亡くなった人は、生きているときに無残にも虐待を受け殺されています。生きているときに性器を引き千切られ、頭部に釘を打ち込まれ、死亡後血液が固まってから、3階から投げ捨てられたのです。遺体の下の地面が汚れおらず、血痕がないのは、血は全て流れ出た後だからです。その後、警察が9年のキャリアがある法医学者を連れて来ましたが『これは自殺だ』と言ってました。真相を解明する必要があります。中国政府には、立ち上がってほしいと思ってます。
このホテルでは既に5人が死んでいて、うち3人については公になっています。まだ2人の死が公になっていないのです。しっかり調べないと、後何人死ぬのか分かりません」
このホテルで数年前に似たような死亡事件が起こったことを知る別の人がいた。女性従業員が同様の非業の死を遂げたが、ホテル側が3万元の賠償をした後はうやむやになってしまったという。さらにある人は、このホテルでは1999年にも、女性が強姦された後に上層階から投げ捨てられたのではないかと思われる事件があったという。
消息筋によると、このホテルは石首市の某幹部が出資しており、ホテル経営が下降線の一途であるため、麻薬売買に経営を頼っていたそうである。石首市のある麻薬中毒患者は、証人としてホテルの麻薬売買の悪事を暴きたいと願っていた。
中国で1~2万人規模の暴動というのは、さほど珍しいものではありません。ところが、今回はかなり大きな騒ぎに発展したらしいようです。一応終息したらしいですが、今後の動向から目が離せません。それにしても日本のメディアはほとんど報道していないようですね・・・。
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