日本人を憎むこと、日本人を恨むこと、日本人をこの世界で最も醜悪な、救いようの無い卑怯者であることを、生涯を通して学び続け、日本人を騙し、おとしいれ、苦しめ、痛めつけ、復讐をなしとげること・・・それらは中国政府によって現代中国人に課せられている全人民の義務ともいえますし、「中華民族」の大使命ともいえます。それが大げさなデマだと思う人は、中国の何処の都市でも構いません、ホテルに泊まってテレビをつけてみればすぐに理解できることです。街中にあるDVDショップをのぞいて見て下さい。もしかして最近だったら、池袋や新宿あたりの中国人商店の中にだって反日映画のDVDは販売しているかも知れません。

「反日映画」は大きく分けて三つの目的を持ちます。

(1)日本を憎むこと。

(2)中国共産党と中華人民共和国の功績を理解すること。

(3)産業として「反日」が成立しているため、この事業を継続する必要がある、ということ。

前にもご紹介した通り、とんでも系チャンバラ反日映画「大刀向鬼子们的头上砍去」などにおきましては上に挙げました(2)の目的がすっぽりと抜けております。(3)の目的が重視されるようになったため(金儲けが最優先になってしまった現代中国においては、政治性よりも収益性の方が重視されるのです)、ややこしい歴史観だの抗戦における中国共産党の功績は飛ばしてしまって、たんなるチャンバラ映画で、スカッと日本人を殺しまくる「反日エンターテイメント」が現在の中国における反日映像業界の主流となりつつあるからです。

ただし、今回上に貼り付けている反日映画は(2)の目的を前面に押し出した反日映画の正統派ともいうべき内容になっております。この映像作品を通じて我々は、反日宣伝の一つの「典型」を知ることが出来ると思います。以下解説に入ります。

1:日本鬼子は律儀な人たちである

映像の最初で中国軍の「没子弹了」(弾が無くなった)という台詞が繰り返されます。

映像の10秒目で日本軍の指揮官が銃剣をつけ、弾を抜くように命令します。中国軍の方は弾切れで困っているのに、わざわざこちらも弾を抜いて、同じ条件で正々堂々と白兵戦をやろうというのです。実際にこういうことが行われていたかどうかは知りませんが、反日抗戦映画の中に出て来る日本人というのは何処かしら律儀すぎるところがあります。こういう刷り込みによって中国人は「日本人は真面目で律儀だ」ということを反日映画の中に学んでしまう・・・というおかしな現象を起こしてしまうわけですが、これは別に日本人を褒めるためにやってくれているのではなくて、彼らが律儀な民族ではないからこそ、この日本人の異常な律儀さに恐怖を覚えてしまうという効果が期待された演出なのです。

それと、中国人は銃火器による撃ち合いよりも、肉体を駆使して蹴ったり殴ったり突いたり斬ったりすることの方に快感を見出す人たちなので(カンフー映画などはその典型です)、演出上日中両軍共に弾が無いという状況を作らねばなりません。そういう演出上の理由から日本人の律儀さが利用されているだけだという見方もできます。

この後、壮絶な白兵戦が始まります。でもなんだかんだで日本兵はやられっぱなしです。

2:「なに!どいつもこいつも死に物狂いで勝負してくる?・・・八路軍だ!」

この映像で出て来る中国軍は八路軍(中国共産党の軍隊組織)の部隊です。詳しくは下記をご覧下さい。

八路軍(ウィキペディア)

1分40秒目から、後方にいると思われる日本軍将官(肩章で判断する限り中将と思われます)が現れ、死に物狂いで勝負してくる中国兵に驚き、それが八路軍であると言います。「いいます」というより「いわせて」おります(笑)。こういう風にして敵方に「オマエは誰だ!誰だ?オマエは・・・○○だ!」と言わせてしまう演出というのは、日本だと時代劇でも戦隊ヒーローものでもよく見られるものです。冷酷無残極まりない日本軍将校にも勇名を轟かせているあの無敵の八路軍であるといいたいわけです。この映像はこのシーンのためだけにあると言っても過言ではありません。ただ実際に八路軍がどれくらい抗日戦争において活躍したのかはかなり怪しい話ですね。詳細についてはウィキペディアの解説をご覧下さい。

3:「代償を惜しまず守りぬけ」

3分20秒目から、八路軍が後方の指揮官に連絡するシーンになります。指揮官は「不惜代价守住」(代償を惜しまず守りぬけ)と返答します。なかなかカッコいいですね。中華民族は勇猛果敢であるという印象を強調するシーンです。しかしゲリラ戦が主であった八路軍が、このように正々堂々日本軍と正面衝突して、消耗を顧みずに陣地を絶対死守するような戦闘を行ったかどうかはかなり怪しいと思います。この点においてはウィキペディアの八路軍の戦果についての箇所をご参照下さい。

4:日本鬼子は切腹が好き

3分52秒目から、負傷した日本兵がはいつくばって銃剣を手にし、刀を持った八路軍兵士とすわ対決か!という瞬間になぜか切腹してしまいます。どうしてそこまでがんばって銃剣を手に入れてから切腹せなばならないのかよくわからないのですが、反日抗戦映画において日本兵の切腹はつきものです。これが無ければ反日抗戦映画は成立しないというくらいに重要なファクターです。中国人は自害という行為に対して、前向きな評価をしていません。自分の命を粗末にするのは愚かしい事だと思っています。日本人というのは自分の命を粗末にする、他人の命はもとより自分の命をも尊重しない存在であり、どんなに格好をつけても、最後は自害という甘えと責任逃れが一緒になったような愚劣な選択をするダメな人間なのだという複雑多岐にわたる概念を「切腹」という一つの単純明快な行為よって瞬間的に理解させることが出来るため、「切腹」は反日抗戦映画において必要不可欠の要素となってしまっているのです。

5:日本人は残酷非道にして忘恩の輩であり、命を助ける値打ちも無い

5分2秒目から、傷ついて動けなくなった日本兵を発見し、女性の衛生兵がかけつけて傷の手当てをするシーンになります。最初に見つけた八路軍兵士はまだ不慣れな感じの若い兵士のようです。女性兵士は何の疑いも無く駆けつけてすぐに手当てを始めますが、日本兵は銃剣で女性兵士のわき腹を突き刺して殺してしまいます。女性兵士が崩れ落ちる映像はスローモーションにして、視聴者に強い印象を与えることを意図されています。悲鳴を聞いて戻ってきた若い兵士は事態を知って半狂乱となり、日本兵を銃剣でメッタ突きにして惨殺します。

何のためにこのようなシーンを作らねばならないのでしょう?何のためにこのような設定を仕込む必要があるのでしょう?何のためにこのようなシナリオが用意され、丹念に用意周到にこのような映像を作る必要があるのでしょう?それは日本人は残酷非道にして忘恩の輩であり、命を助ける値打ちも無い存在なのだということを、視聴者の感情に訴え、憎悪をうえつけ、決して忘れてはならない恨みを中華民族の魂に刻み込む必要があるからです。

このような映画やドラマが、中国では朝から晩まで、月曜から日曜まで、年中通して、ある時は正月特番だったり抗日戦争勝利記念特番だったり建国記念日特番だったりして、ずっと休むことなく間をおかず放映され続けているのです。そんな風にして考えると、このような嵐のような大洪水のような映像による洗脳を日々繰り返し受け続けている中国人というものが哀れに思えてくることもありますが、この件において日本人に必要な事は感傷でもなく哀れみでもなく恨みでもないと思います。私はこのブログの活動を通じて、ご覧いただいているみなさんが中国人を憎悪することを期待しているのではありません。

ファクトを、注視しなければならない・・・ということです。我々の隣国がどのような国なのか、中国人とは一体どのような人たちなのか、我々日本人はその事実を理解することが必要なのだと私は考えています。

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