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地図全体と地図袋。縦長の地図です。城壁内とその周辺を大きく描いており、右上に南京市全域と首都幹線道路図、下部に中山門から湯山(温泉で有名)までに至る道のりを記載しております。写真右下に見えるのはこの地図の地図袋です。

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(上)中華門周辺です。中華門から城外に真っ直ぐ伸びる道は「雨花路」といいまして、これをずっと下っていけば南京攻略戦の激戦地「雨花台」にたどり着きます。この場所は戦後に谷寿夫中将、向井敏明少尉、野田毅少尉、田中軍吉大尉が処刑された場所でもあります。
(下)南京攻略戦の際、安全区に指定された地域です。写真中央上部に日本領事館が見えます。

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(上)南京市北西部、長江に隣接する下関地区のあたりです。「虐殺」があったとされる有名な場所ではありますが、南京城から長江に至るまでの道、その間にある施設、地名、鉄道網、波止場とその名称(たぶん所有会社の名前でしょう)まで詳細に記載されています。
(下)南京市全域と南京の幹線道路図もあります。この地図は中華民国の首都「南京」を知る上で大変重要な資料の一つであるといえます。

日本では「大虐殺」の行われた都市として知られる南京ですが、この都市は中華民国の首都であったにも関わらず、一般の日本人には馴染みの薄い都市であると いえるのではないでしょうか。北側と西側をぐるりと長江に囲まれ、東側には玄武湖と紫金山があり、その間で城壁に囲まれて存在する南京の地理的状況を把握 するのは少し手間が必要ですね。平坦な土地に作られた北京・上海のような単純な地理環境とは全くその性質が異なるのです。

我々日本人は今 後も「南京」を突きつけられ、「南京」に向き合わせられ、「南京」を考えさせられることでありましょう。ただ我々が歴史を語る上で、事実に立脚して、真実 を追求せんと願うのであれば、「南京」を単なる歴史上の「記号」として扱ってはいけないのです。その複雑な地理を理解し、地勢を理解し、この都市をより具 体的に理解することを通じてこそ、我々は真摯に「歴史」と向き合うことが出来るのではないでしょうか。我々は南京を語り、歴史を語る前に、まず南京を知ら ねばなりません。その第一歩を踏み出そうとする時、この地図は我々が迷わないように、正しい理解への道筋を示してくれるに違いありません。

■原題:城市記憶・老地図 南京1936
■原版:民国25年発行、蘇甲榮編製、日新輿地學出版社「最新南京地図」
■出版社:学苑出版社
■発行時期:2005年5月
■収納時サイズ:209×270(mm)
■展開時サイズ:568×758(mm)

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