【中国復刻版】1932年 最新上海地図(大阪朝日新聞社発行の複製品)
▲地図全体と地図袋。横長の地図です。下部には浦東側から見た外灘の写真が記載されており、各建物の名前もわかるようになっております(しかも日本語です!)。右下には中国中南部と南京の地図、左上には呉淞の地図も記載されています。
(上)外灘北部、外白渡橋(ガーデンブリッジ)の周辺です。「浦」の上辺りを見ると「日本郵船」の文字が見えます。その隣りに日本領事館、 米国領事館、ドイツ領事館・・・と続きます。ブロードウェイマンションはこの2年後に出来ますから、まだこの地図では記載されておりません。ガーデンブ リッジを渡って外灘側へ行くとパブリック・ガーデン。向いには英国領事館があります。この辺りの地理は租界時代の上海を扱った小説・歴史書・伝記などでよ く登場しますが、この地図があると更に良くその地理をつかめますね。その南側に中国銀行がありまして、これは今でもありますが、その隣りに横浜正金銀行が 見えますね。ここは今は中国商工銀行になっているはずです。サッスーンハウス(現在の和平飯店)を南に下り、南京路を越えて向こう側には、台湾銀行(現在 の招商銀行)、三菱銀行、朝鮮銀行、三井銀行が現れます。こうやって見てみるとこのブロックは日本系の金融機関ばっかりです。今は観光名所として栄えてい る外灘のあのあたりが、かつて日本のビジネス街であったとは思いも寄りませんでした。
(下)競馬場は現在南北に分割されて、北側は 人民公園、南側は人民広場になっております。その右側を見ますと、上から南京路、九江路、漢口路、福州路・・・これは今の道の名前と一緒ですね。競馬場の 左側を見ると、ベルギー領事館、スウェーデン領事館があり、「孟徳蘭路」と書いてあるブロックはイタリア領事館です。人民公園&広場の西側はかつて領事館 街だったのです。
(左上)地図を良く見ると、道がまるっこい形を作っているのが見えませんか?これは以前城壁があった跡で、かつて西洋列強が入ってくる以前 の上海はここにありました。そのため「CHINESE CITY」(城内)と書かれております。今ではその区分をあんまり感じませんが、はるか昔はこのあたりが中国人街であって、外灘あたりというのは新興開発 地域だったわけです。今でもこの「城内」のあたりはごちゃごちゃしていて迷路のようになっていて、往時の生活スタイルを残しているような家がたくさんあっ て、見ていて飽きません。その左側に「佛」という字が見えますが、これは「佛租界」と書いてある端の文字が見えているのです。フランスは日本では漢字で 「佛」ですが、中国では「法」です。この地図は上海の地図ですが大阪朝日新聞社が製作したものですから、こうしたところに日本語の痕跡が幾つか残されてい ます。
(左下)虹口公園の辺りです。他にも上海の古地図は幾つか出版されておりますが、ここまで詳しくその形を伝えているのは一枚 ものの古地図ではこの地図がベストではないでしょうか。この地図が発行された1932年4月にこの公園で上海天長節爆弾事件が発生します。第二次上海事変 の際はこの公園の南側にある日本海軍陸戦隊司令部から居留民保護のために陸戦隊が出動して日本からの増援が到着するまでの間、5千人の陸戦隊で5万人の中国軍を防ぎきったそうです。この公園周辺というのは、日本人にとって因縁深い土地であるといえるでしょう。
(右上)静安寺のあたり。静安寺の左側には現在久光(日系のデパート)がありますね。あの向かいには少しくぼんだ広場があって、ショッピングセンターになっていたと思いますが、あそこは元々墓地だったのですね・・・。
(右下)なぜか日本語が並んでおります・・・実はこの地図は昭和7年に大阪朝日新聞社が発行した地図でして、それをほぼそのまま複製したものなので、このようにカタカナ表記があるのです。
先にも書きましたし、タイトルでも書いていますが、この地図の原版は昭和7年に大阪朝日新聞社が発行した「最新上海地図」です。現在中国で1932年の上海の地図として復刻版を発売しており、当方で出品しているのはその復刻版です。
元は日本の新聞社が日本人向けに製作した地図ですから、現代の我々にとっても読みやすいものとなっております。
当方でも他にもう一つ1932年の上海地図(中国復刻版)を販売しておりますが、正直なところあちらは買わなくてもいいです。こちらの方がサイズも大きいですし、内容もかなり詳細に作られているので、買うんだったら絶対こっちの方がお得です。
■原題:城市記憶・老地図 上海1932
■原版:大阪朝日新聞社が昭和7年に発行した「最新上海地図」
■出版社:学苑出版社
■発行時期: 2005年5月
■収納時:209×270(mm)
■展開時:759×573(mm)
もう一つの1932年版上海地図との比較で朝日新聞地図のメリットは下記の通りです。
1)サイズ大きい(とても見やすいです)。
2)英語の道路名、地名、施設名も併記されている(租界上海を調べる上でこれは大変重要!)。
3)色分けが上手く出来ており、租界の区分もわかりやすい。
4)黄浦江のセクション(第一から第十一まで)がちゃんと記されている。これもうれしいです。
5)華中・華南の略図と南京地図も併記されております。日中戦争の足跡を上海事変からたどっていく時などには非常に重宝します。(山東半島と山西省南部あたりまではカバーしていますが、北京・河北・満洲は載っていません)
6)外灘のパノラマ写真で北は日本郵船(外白渡橋北詰周辺)から南は香港上海銀行(福州路周辺)までの主要な建物の配置と名称が一覧できます。
7)呉淞鎮と江湾鎮の略図も併記されています。これも戦史を研究している人には便利だと思います。
デメリットをあげますと次の通りとなります。
1)上海の西部はジェスフィールド公園&徐家匯あたりまでで、虹橋空港あたりの記載はありません。ですので第二次上海事変の発端となった大山事件を地図上で検証することは不可能です。
2)交通機関の記載は乏しく、鉄道網はとりあえず記載されていますが、バス、トロリーバス、トラムなどは記載されておりません。
3)民国政府が設定する「大上海」という範囲では描かれておりません。もう一つの1932年地図の方では一応小さいながらもその全体を記載しております(呉淞から閔行あたりまでの上海周辺です)。
こ の大阪朝日新聞社の上海地図はかなりの数が出ていたみたいで、今でも古書店などでそのオリジナルを見かけることは少なくありませんが、大体1万~2万円く らいで取引されているみたいです。コレクションとしてはさほど高くないかも知れませんが、資料として「使う」にはちょっと高すぎるような気がしますね。当 方で販売しているものだと、気兼ねしないでビシバシ使えます。戦前の上海、租界時代の上海を極めたいという方にはぜひオススメの古地図です。




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