【中国】清朝・中華民国・満州国の軍服の図集
▲表紙です。国民政府時期(上)、北洋政府時期(左下)、南京臨時政府時期(右下)
▲清末の新建陸軍の洋式化された軍服。この図集で見る限り、清末~解放前の中国の軍服の中で、最も美しいのは清末ではないかと思います。全体的に金がかかっているという感じ。洋服の中にも「中華」のエッセンスが生きています。この本を見ればわかるのですが、中国の軍服の歴史というのは、清末にお金をかけて豪華な軍服をつくるものの、辛亥革命でその統一感が失われて玉石混交状態になってしまい、一時期日本風になり、日中戦争前にドイツ風になり、第二次世界大戦からまた欧米・ソ連のものも加わって・・・という流れです(大雑把な話)。本書はこんな感じで、各時代の軍隊の情況、軍服に関する説明、軍服着用時の写真や絵、軍服の各部分の図説・・・という構成になっております。
▲これがその「玉石混交」。辛亥革命直後というのは、革命軍に参加した各々が独自の軍服を着ていたりすることが多かったらしく、それでも体系だって豪華そうなのは清軍のものだけだったので、倒した敵であるはずの清軍の軍服を着ていたり。清軍からの寝返りもあったのですが、それをいうとちょうど上段中央の一人だけ浮いている人なんかは全くの寝返りの人です。これでは誰が味方か敵なのか、さっぱりわかりません。かといってすぐに全ての軍服を統一するこも出来ないままに、中華民国は袁世凱の北京政府の時代を迎えて、長い混乱に陥っていくわけです。
▲蒋介石の北伐が完成し、南京政府時代に入りますと、しばらくしてからドイツ式になります。当時中国にはドイツの軍事顧問が入っており、武器などもドイツのものでしたから、軍服もドイツ風の方が便利だったのでしょう。遠目に見るとこの絵は、東洋人のナチオタ集団みたいに見えます。左下のニューズウィークの表紙なんか特にそんな感じですね。日中戦争当時、中国国民党軍はこういう格好だったわけですが、カラーで見る事が稀なので、意外な気もしてきます。我々の父・祖父の世代の方は、こういう格好の人たちと戦っていたのですね。
▲こちらは満州国軍の軍服。後ろの海軍さんはのぞいて、手前の陸軍さんの方は見た目が先ほどの国民党軍と似てます。でも肩章は日本軍と似ていますね。一緒に行動する事が多かったでしょうから、たぶんこの方が都合が良かったのでしょう。
■原題:民国軍服図志
■著者:中国第二歴史档案館
■出版社:上海書店出版社
■発行時期: 2003年12月
■頁数:115頁
■サイズ:307×233×22(mm)
■色:カラーと白黒
■写真:85枚
■イラスト:815枚
■表:4枚
清朝末期から中華民国時代の中国の軍服に関するイラスト&写真集です。「中国第二歴史档案館」というのは民国時代の様々な資料を収集・管理・研究をしてい る中国の公的機関です。というわけでこの本は中国政府が発行した民国時代の軍服資料集ということになると思います。本書の面白いところは、中国で「偽政権」と呼ばれるいわゆる「傀儡政府」の満州国、臨時政府、維新政府、汪兆銘政府までも含まれているところでしょう。
■第一章 晩清軍服改革
【第一節】清軍伝統服制
※清朝成立後の軍隊組織についての簡単な説明から始まり、アヘン戦争後の兵制改革が説明される。
[一、八旗と緑営]
※「八旗」=満州人によって編成された部隊。
※「緑営」=漢人によって編成された部隊。
1.武官
2.士兵
[二、湘、淮軍と洋銃隊]
※「湘軍」=太平天国鎮圧の為に曽国藩が編成した軍。
※「淮軍」=太平天国鎮圧の為に李鴻章が編成した軍。後の北洋軍閥の母体となる。
[三、新式海軍]
●「移行期の清軍の服装と装備」(白黒図1枚)
●「武官の帽子と兜」夏吉服冠、冬吉服冠、夏常服冠×2、武将の兜の装飾(白黒図5枚)
●「白兵戦兵器時代の甲冑」(白黒写真1枚)
●「号衣を着た緑営士兵」(白黒図1枚)
●「日清戦争時期の北洋艦隊軍服」(白黒写真1枚)
【第二節】新建陸軍および清季新軍
[一、新建陸軍]
[二、北洋常備軍および各省新軍]
1.軍官礼服
2.官兵常服
3.弁目兵(目兵)※清代の低級武職の通称
4.北洋各鎮士兵および各省新軍
5.陸軍各学堂学生および巡警
[三、禁衛軍]
[四、新建海軍]
●「新式軍服を着た袁世凱」(白黒写真1枚)
●「統一服制の清李新軍砲隊」(白黒写真1枚)
●「軍礼服を着た広州将軍鳳山」(白黒写真1枚)
●「軍礼服を着た安徽巡撫朱家宝」(白黒写真1枚)
●「1900年以後の北洋常備軍士兵の服装」(カラー図1枚、2名あり)
●「中国にも西洋式軍服の軍隊が出現した」(白黒写真1枚)
●「黄色の綿入れコートを着た禁衛軍士兵」(白黒写真1枚)
※これは現在の解放軍コート(工人大衣)の原型のように見えます。
●「宣統時期陸軍礼服領章飛ben」全金領章繍銀ben、金銀参半及全銀領章繍金ben(カラー図2枚)
※制服に入っていた龍の模様です。
●「良弼禁衛軍統領」(白黒写真1枚)
●「清代陸軍服制の変遷」(カラー図6枚)
※草鞋履きに刀から、ブーツ・小銃・銃剣を装備するまで。但しこの時点で服装は洋式化されておらず、いかにもの中国風である。
●「新式海軍将官礼服」(白黒写真1枚)
※完全な洋式となっている。
●「清末陸軍服装図」(カラー図5枚)
●「光緒時期陸軍常服操帽」(白黒図3枚)
●「光緒時期陸軍礼服領章」(カラー図3枚)
●「光緒時期陸軍礼服肩章」(カラー図3枚)
●「光緒時期陸軍礼服袖章」(カラー図3枚)
●「宣統時期陸軍礼服」前と後(カラー図2枚)
●「宣統時期陸軍礼帽」(カラー図4枚)
●「宣統時期陸軍礼服肩章」(カラー図3枚)
●「宣統時期陸軍礼服領章」(カラー図3枚)
●「宣統時期陸軍軍官礼帯」礼帯とバックルの裏側(カラー図2枚)
●「宣統時期陸軍軍官袖章」(カラー図3枚)
●「宣統時期陸軍常帽」(カラー図3枚+帽章1枚)
●「宣統時期陸軍常服領章」(カラー図3枚)
●「宣統時期陸軍常服肩章」(カラー図4枚)
●「宣統時期陸軍常服肩章」(カラー図4枚)
●「宣統時期陸軍官佐常服」前と後(カラー図2枚)
●「官佐士兵常服ズボン」(カラー図3枚)
●「清末海軍服飾図」新建海軍セーラー服の水兵×2、中華風軍服服の洋銃手×1、新式海軍中華風軍服の水兵×2(カラー図5枚)
●「宣統時期海軍官佐大礼服」(白黒写真2枚)
●「光緒時期海軍号衣花」(黄色のイラスト30枚)
※光緒帝の時代に海軍軍服に描かれていた絵柄。例えば「正魚雷匠」は「魚+スパナ」、「帆匠」は「ハサミ」など。当時は識字率が低い為に、このような絵柄で職種や階級がわかるようにしたものと考えられる。
■第二章 南京臨時政府時期
※この章では辛亥革命時期と、中華民国成立直後の情況を説明している。
【第一節】各行其是的民軍
※辛亥革命時期の軍隊は各地からの寄せ集めで統一した制服がなかった。例として上海民軍と鎮江民軍の写真が掲載されているが、全くその様子は異なる。
●「上海民軍の士兵服飾」(白黒写真1枚)
●「鎮江民軍の士兵服飾」(白黒写真1枚)
【第二節】陸軍部規定的服制
※1912年の南京臨時政府成立後に陸軍部が設立されるが、概ね清朝宣統時期の陸軍組織機構を引き継いだものであった。制服の統一が計画されるも、予算不足と政権の不安定から実施されることは無かった。当時南京臨時政府の軍服は各部隊によって舶来品であったり、上海で購入したものであったらしい。
●「清末の軍礼服を踏襲したもの」(白黒写真1枚)
●「《革命方略》の規定に基づき制作された軍服」(白黒写真1枚)
【第三節】海軍陸戦隊
※「この兵枚は当時欧米にあっても中国にはなかった。1911年の辛亥革命成立当時、日本の横須賀海軍砲術学校に留学していた8名が革命に加わり・・・(中略)・・・・そして海軍陸戦隊が編成された。」という説明があり、当時の海軍陸戦隊の写真が1枚掲載されております。
●「海軍陸戦隊」(白黒写真1枚)
●「辛亥革命時期民軍服飾図」(図5枚)
※統一が取れていなかったとして5枚は5種類さまざまの服装です。それらしいのは民軍の士官と士兵で、清末新軍の高級そうなのと、革命軍に寝返った中華服の士兵もおります。これでは誰が敵か味方かすぐに判別がつかず、混乱があったのではないかと思われます。
■第三章 北洋政府時期
【第一節】陸軍
[一、服制と装備]
1.官佐礼服
2.官兵常服
3.士兵装備および其の他
4.陸軍予備学校学生
[二、不倫不類的模範団]
[三、直皖奉混戦時期]
●「陸軍一等三級大礼服」(白黒写真1枚)
●「陸軍一等二級大礼服肩章」(白黒写真1枚)
●「陸軍一等二級大礼服」(白黒写真1枚)
●「軍官常服」(白黒写真1枚)
●「北洋士兵常服と黒い制服を着た警察官」(白黒写真1枚)
●「陸海軍大元帥大礼服」(白黒写真1枚)
●「直系将官の軍常服」(白黒写真1枚)
●「西北軍軍服」(白黒写真1枚)
●「1923年張宋昌配下の魯軍」(カラー図1枚)
●「1926年の西北国民軍」(カラー図1枚)
●「1924年の張作霖配下の奉軍」(カラー図1枚)
【第二節】海軍
[一、服制の制定と修正]
[二、海軍陸戦隊]
1.軍官
2.士兵
●「劉冠雄」(白黒写真2枚)
※清末民初の海軍軍人。日清戦争時は「靖遠」に乗務。辛亥革命後は海軍総長、福建都督などを歴任。
●「海軍高級将官公服」(白黒写真1枚)
●「北洋時期陸軍服飾図・甲」陸軍尉官常服、陸軍校官礼服、陸軍士兵常服(カラー図計3枚)
●「北洋時期陸軍服飾図・乙」西北軍、直魯軍、奉軍、孫傳芳軍(カラー図計4枚)
●「北洋陸軍軍官礼服肩章」(カラー図3枚)
●「北洋陸軍軍官礼服袖章」(カラー図3枚)
●「北洋陸軍軍官礼服領章」(カラー図4枚)
●「北洋陸軍軍官常服領章」(カラー図4枚)
●「北洋陸軍軍官常服肩章」(カラー図5枚)
■第四章 国民政府時期(一)陸軍)
【第一節】黄埔軍校から編遺会議まで
●「黄埔軍校開学典礼における教官の着装」(白黒写真1枚)
●「西北軍領導人馮玉祥、1927年の着装」(白黒写真1枚)
●「北伐戦争時の国民革命軍副総参謀長白崇禧の着装」(白黒写真1枚)
●「北伐戦争時の国民革命軍士兵の着装」(白黒写真1枚)
●「北伐軍政工人員の着装」(白黒写真1枚)
●「第7軍軍長李宋仁の着装」(白黒写真1枚)
【第二節】編遺会議後
[一、常、礼服暫行条例]
1.領章
2.束帯と佩刀
3.官兵および軍校学生
4.軍属人員
[二、常、礼服条例]
●「陸軍士兵常服」(白黒写真1枚)
●「暫行条例規定の陸軍兵種識別色」(全12色)
※例:ピンク=憲兵、赤=歩兵、黄=騎兵、緑=軍医・・・など。
●「陸軍将官常服」(彩色写真と思われる1枚)
●「陸軍隊列」(整列・敬礼の様子。カラー絵1枚)
●「第一次上海事変における第19路軍」(カラー絵1枚)
※3名の士兵が土のうに身を隠しつつ小銃を構えている。後方から見る形になっており、背中には「十九路軍」と書かれた編み笠を背負っている。これらは北伐戦争時の服装である。
●「編遺後国民党陸軍服飾図」陸軍士兵冬常服外套、陸軍軍官夏常服、陸軍軍官冬常服外套、陸軍軍属人員服飾(カラー図計4枚)
●「軍帽」正面、側面(カラー図2枚)
●「軍官雨衣」雨衣と雨帽の各正面と背面(カラー図4枚)
●「軍属帽」冬用と夏用(カラー図2枚)
●「軍官礼服」上着(カラー図1枚)
●「軍官外套」(カラー図1枚)
●「軍属胸章」司書(准尉に相当)から秘書長(少将に相当)まで(カラー図8枚)
●「士兵ベスト」(カラー図1枚)
●「士兵外套」(カラー図1枚)
●「軍官ズボン」通常用と乗馬用(カラー図2枚)
●「軍官佩刀」柄と下げ尾(線画2枚)
●「武装帯」(線画1枚)
●「皮帯」(線画1枚)
●「識別帯」(線画1枚)
●「値日帯」(線画1枚)
●「官兵靴鞋」(線画6枚)
●「官兵手袋、革脚絆(レギンス)、巻脚絆(ゲートル)」(線画3枚)
【第三節】統一銓叙後
[一、官佐礼服]
1.軍帽
2.礼服
[二、官佐常服]
[三、士兵常服]
[四、兵種、階級章]
[五、軍属および公役人員]
[六、陸軍服制の実際情況]
●「陸軍官制表」
●「蒋介石特級上将の大礼服」(白黒写真1枚)
※宋美齢とのツーショット。
●「陸軍士兵等級表」
●「馮玉祥一級上将の大礼服」(白黒写真1枚)
●「何応欽一級上将の大礼服」(白黒写真1枚)
●「顧祝同上将の軍常服」(白黒写真1枚)
●「1933年、軍常服を着用した蒋介石と盧山軍官訓練団の記念撮影」(白黒写真1枚)
●「警衛軍」(カラー絵1枚)
●「教導総隊のカーキ色のドイツ製軍服」(彩色写真1枚)
●「陸軍官佐常服領章、階級章、部隊腕章総合図」特級上昇~准尉(カラー図13枚)
●「日中戦争時期の英国式ヘルメット」(白黒写真1枚)
●「ドイツ式ヘルメットをかぶった士兵」(白黒写真1枚)
●「英米式装備の中国遠征軍」(白黒写真1枚)
●「中国駐印軍の米式ヘルメットの軍官と英式ヘルメットの士兵」(白黒写真1枚)
●「ドイツ式軍装の陸軍官兵」(カラー写真)
※ニューズウィーク1942年3月23日号の表紙。
●「ドイツ式軍装で旗を持って走る中国兵」(カラー写真)
※これは遠目に見るとドイツ兵のようにしか見えません。良く見るとジオラマの一部のようです。手前に「武運長久」と書かれた日の丸が落ちています
●「統一銓叙後の国民党陸軍服飾図」(カラー図5枚)
●「陸軍将官大礼服」(カラー図4枚)
●「陸軍大礼服袖章」(カラー図11枚)
●「刀緖」(カラー図1枚)
●「礼刀」(カラー図1枚)
※全体と柄の拡大あり。
●「大礼服肩章」正面、側面、背面(線画3枚)
●「大礼服用革靴、長靴、手袋」(カラー図3枚)
●「軍常服軍帽」(カラー図4枚)
●「軍常服上着」(カラー図1枚)
●「軍常服ズボン」(カラー図7枚)
●「軍常服外套」士兵用と官佐用の正面と背面(カラー図4枚)
●「軍常服外套」マント(カラー図2枚)
●「士兵ベスト」皮製と綿製(カラー図2枚)
●「官佐佩剣」全体と各部分(カラー図5枚)
●「士兵値日帯」(カラー図1枚)
●「官佐武装帯」(カラー図1枚)
●「士兵皮腰帯」(カラー図1枚)
●「官佐用軍常服皮鞋馬靴」長靴、短靴、拍棒(カラー図3枚)
●「士兵用軍常服皮鞋馬靴」皮短靴と靴底、布靴、拍車付きの長靴(カラー図4枚)
●「軍常服ゲートル(官兵共用)」夏用と冬用(カラー図2枚)
●「軍常服レギンス(官佐用)」(カラー図1枚)
●「士兵用テント雨衣」(カラー図2枚)
※リュックごとかぶってしまう大きなマントのような雨合羽。テントにもなる。
●「テント雨衣の全体図」開いた状態(線画1枚)
●「テント」(カラー図5枚)
※2種類の張り方と柱袋、ハーケン、幕柱
●「官長雨衣」前面、背面、フード前面、フード側面(カラー図4枚)
●「陸軍官佐領章」(カラー図11種13枚)
●「陸軍士兵領章」(カラー図6枚)
●「軍属軍校領章」(カラー図8枚)
●「軍属胸章」(カラー図3枚)
●「陸軍特殊符号」(カラー図23枚)
※兵種を示したものと思われる。
●「陸軍階級章」(カラー図6枚)
●「陸軍部隊腕章」(カラー図6枚)
【第四節】実行整編後
1.官兵夏服
2.官兵冬服
●「新式軍服を着た国民党軍高級将官」(白黒写真1枚)
●「全て米式装備の国民党陸軍士兵」(白黒写真1枚)
●「新式軍服を着用した国民党軍官」(白黒写真1枚)
●「整編後の国民党士兵軍服」(白黒写真1枚)
●「整編後の国民党軍属人員制服」(白黒写真1枚)
●「新式綿製軍服を着用した国民党官兵の集合写真」(白黒写真1枚)
※8名が写っていますが何故か全て女性です。
●「士兵綿軍帽、士兵綿コート、士兵綿ベスト」(カラー図3枚)
●「日中戦争後の国民党陸軍服飾図」(カラー図3枚)
※ここまで時代が下ってくると、かなり実戦的に洗練された服装になってきます。武器もM3グリースガンやM1カービンが出てきます。
●「日中戦争後の国民党陸軍軍官佐軍服」(カラー図7枚)
■第五章 国民政府時期(二)海軍
【第一節】概述
●「日中戦争時期の中国海軍士兵」セーラー服を着ています(白黒写真1枚)
【第二節】海軍服装条例(写真計6枚、図計253枚、表計1枚)
[一、軍官大礼服]
[二、軍官礼服、晩礼服]
[三、軍官公服、晩公服]
[四、軍官夏服]
[五、軍官常服、晩常服]
[六、士兵常服]
●「海軍軍官大礼服」(白黒写真1枚)
●「日中戦争時期の陳紹寛海軍総司令」(白黒写真1枚)
●「日中戦争後の桂永清海軍総司令」(白黒写真1枚)
●「米国で訓練を受ける中国人海軍軍官」(白黒写真1枚)
●「海軍官兵」(白黒写真1枚)
●「海軍士兵等級表」
●「海軍上将大礼服図」(カラー図1枚)
●「海軍官佐大礼服領章」(カラー図1枚)
●「海軍軍官大礼服肩章」(カラー図3枚)
●「海軍中将礼服図」(カラー図1枚)
●「海軍軍佐晩礼服図」(カラー図1枚)
●「海軍軍官大礼帽図」(カラー図3枚)
●「大礼帽帽穂」(カラー図1枚)
●「大礼帽帽穂正視図」(カラー図1枚)
●「海軍上校公服図」(カラー図1枚)
●「海軍官佐晩公服図」(カラー図1枚)
●「海軍官佐夏晩常服図」(カラー図1枚)
●「海軍官佐夏晩礼服および夏晩公服図」(カラー図1枚)
●「海軍中校常服図」(カラー図1枚)
●「海軍官佐晩常服図」(カラー図1枚)
●「海軍上士帽」(カラー図1枚)
●「海軍士兵帽」(カラー図1枚)
●「海軍上士帽章」(カラー図1枚)
●「海軍上将大礼服上褂正面図」(カラー図1枚)
●「海軍上将大礼服上褂背面図」(カラー図1枚)
●「海軍少将大礼服上褂背面図」(カラー図1枚)
●「国民党海軍服飾図」海軍二等兵夏季常服、海軍上士冬季外套、海軍中校夏晩常服、海軍少将大礼服(カラー図4枚)
●「海軍上校大礼服上褂背面図」(カラー図1枚)
●「海軍上校大礼服上褂正面図」(カラー図1枚)
●「海軍官佐大礼帽」(カラー図13枚)
●「海軍官佐大礼服袖章」(カラー図29枚)
●「海軍官佐大礼服ズボン章」ズボン横のライン(カラー図2枚)
●「金線縮尺図」実際の資料を撮影したものと思われる(カラー写真1枚)
●「海軍礼服肩章図」(カラー図27枚)
●「海軍大礼服佩刀」(カラー図10枚)
●「海軍官佐大礼服刀帯」(カラー図5枚)
●「海軍官佐常服軍帽」常帽×1、帽章×1、庇×5(カラー図7枚)
●「海軍官佐常服および夏服」(カラー図7枚)
●「海軍夏服肩章図」(カラー図40枚)
●「海軍官兵雨衣」(カラー図9枚)
●「海軍官兵外套」(カラー図4枚)
●「海軍士兵服飾」(カラー図5枚)
●「海軍腕章」(カラー図65枚)
■第六章 国民政府時期(三)空軍
【第一節】概述
●「中国空軍抗戦史画(一)」パイロット(カラー図1枚)
●「中国空軍抗戦史画(二)」空中戦?(カラー図1枚)
●「中国空軍抗戦史画(三)」日本軍機と戦う中国空軍の複葉機(カラー図1枚)
●「中国のパイロット及び飛行機」(白黒写真1枚)
●「日中戦争以前の空軍パイロットの集合写真」複葉機をバックに飛行服で整列(白黒写真1枚)
【第二節】形形色色的服制
●「パイロットの陸地での着装」(白黒写真1枚)
●「日中戦争時期の米国製飛行機とパイロットの服装」(白黒写真1枚)
●「日中戦争時期のイタリア製飛行機とパイロットの服装」(白黒写真1枚)
●「解放戦争時期の米国製飛行機とパイロットの服装」(白黒写真1枚)
●「空軍パイロットの帽子(ゴーグル付き)」(白黒写真1枚)
●「日中戦争時期のソ連製飛行機とパイロットの服装」(白黒写真2枚)
●「空軍将官常服」(彩色写真6枚)
●「空軍士兵等級表」
●「国民党空軍服飾図」米式飛行服、ソ連式飛行服、空軍尉官服、空軍将官服(カラー図4枚)
■第七章 傀儡政権
【第一節】満州国
[一、概述]
[二、陸軍]
1.軍官礼服
2.軍官常服
3.士兵
[三、海軍]
1.軍官正装および礼装、通常礼装
2.軍官軍装
3.士兵軍装
●「共に巡邏を行う満州国軍士兵と日本軍」(白黒写真1枚)
●「満州国陸軍将官礼服」(白黒写真1枚)
●「軍常服を着用した満州陸軍上将」(白黒写真1枚)
●「海軍式“御服”の正装をした溥儀」(白黒写真1枚)
●「礼服を着用した満州国軍楽隊」(白黒写真1枚)
●「満州国海軍服飾図」海軍士兵夏服、海軍少尉正装、陸軍上兵常服、陸軍少校礼服、騎兵少尉常服(カラー図5枚)
●「陸軍服飾」服装、担当、軍帽など(カラー図10枚)
●「陸軍常服肩章」上将から下兵までの階級章+胸章(カラー図16枚)
●「陸軍礼服肩章」肩につける金色のヒラヒラです。上将用と中校用(カラー図2枚)
●「海軍服飾」上下服と刀と帽子(カラー図7枚)
●「海軍腕章」軍需上士から軍需下兵まで(線画6枚)
【第二節】中華民国臨時政府
※1937年12月14日に北京で成立し、河北省、山東省、河南省、山西省の華北四省、北京市及び天津、青島市といった地区を統括していた政権。それ以前に成立していた冀東防共自治政府もこの臨時政府に合流した。一般に日本が日中戦争時に樹立した傀儡政権とされる。
・概述
[一、官佐礼服]
[二、官佐常服]
[三、士兵常服]
●「臨時政府陸軍服飾図」中校常服、将官礼服、士兵夏季軍服、士兵冬季軍服(カラー図4枚)
●「陸軍官佐服飾」(カラー図9枚)
●「陸軍領章」(カラー図14枚)
●「陸軍肩章」(カラー図2枚)
●「陸軍士兵服飾」(カラー図5枚)
●「陸軍兵種記章」(カラー図20枚)
【第三節】中華民国維新政府
※1938年3月28日に南京で成立し、江蘇省、浙江省、安徽省の三省と、南京及び上海の両直轄市を統括していた政権。日本の中支那派遣軍が日中戦争時に樹立した地方傀儡政権である。
●「完全に日本式となった維新政府軍の服装」(白黒写真1枚)
【第四節】汪兆銘南京国民政府
※1940年から1945年にかけて中国に存在した政権。行政院長(首相)は汪兆銘。首都を南京としていたことから、当時の日本では南京国民政府とも呼ばれた。
[一、陸軍]
1.軍官大礼服
2.軍官常礼服、常服
3.士兵常服
4.軍属人員常服
[二、海軍]
1.軍官大礼服
2.軍官公服、常服
3.士兵常服
3.軍楽士兵
[三、空軍]
1.軍官常礼服、常服
2.機械師、機械兵常服
3.士兵常服
4.防空部隊官兵常服
5.軍属人員常服
●「上将軍服着用の汪兆銘」(白黒写真1枚)
●「汪軍事委員会副委員長の劉郁芬」(白黒写真1枚)
●「汪陸軍士兵」機関銃を構えている様子(白黒写真1枚)
●「陸軍礼服帽式」(カラー図4枚)
●「陸軍官佐礼服」(カラー図3枚)
●「陸軍官佐常服」(カラー図7枚)
●「陸軍士兵常服」(カラー図4枚)
●「海軍上将常服を着用した汪兆銘」(白黒写真1枚)
●「空軍官佐軍常服」正面、背面、ボタン(カラー図3枚)
●「空軍飛行員服」(カラー図1枚)
●「空軍官佐外套」(カラー図1枚)
●「空軍官佐雨衣」(カラー図1枚)
●「汪兆銘政府陸海空軍服飾図」海軍士兵常服、空軍機械人員工作服、陸軍士兵常服、陸軍上校礼服、海軍少尉常服、空軍少将礼服(カラー図7枚)
●「陸軍大礼服袖章」(カラー図5枚)
●「陸軍常服領章」(カラー図15枚)
●「陸軍腕章」(和平建国)(カラー図1枚)
●「陸軍軍属胸章」(カラー図3枚)
●「陸軍特殊符号」(カラー図17枚)
●「空軍機械士兵腕章」(カラー図6枚)
●「空軍帽式」軍帽×2、帽章×2(カラー図4枚)
●「空軍官佐符号」(カラー図1枚)
●「空軍機械人員符号」(カラー図1枚)
●「空軍士兵常服領章」(カラー図6枚)
●「空軍現役飛行人員翼章」(カラー図1枚)
●「空軍機械士兵符号」(カラー図1枚)






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