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2008.05.27

松橋暉男氏は中国にしばらく住んでみるべきではないか?


東郷神社拝殿

A級戦犯:「東郷神社が受け入れを」 前宮司、著書で提言へ(毎日新聞)

靖国神社に祭られているA級戦犯を、旧海軍ゆかりの東郷神社(東京都渋谷区)に分祀(ぶんし)すべきだ--。東郷神社前宮司の松橋暉男(てるお)氏が来月出版する著書「幻の揮毫(きごう)」(毎日ワンズ)で、神社関係者では異例の提言を行う。

 全国8万神社をまとめる神社本庁は「分祀は神道の教義上できない」との見解をとっているが、傘下の有力神社の「A級戦犯受け入れ」表明は、分祀論議に拍車を掛けそうだ。

 同書は、A級戦犯合祀が中国などの反発を招いた問題は、首相参拝が行われなくても解決しないと指摘。論争が収まった「今こそ真剣に取り組むべき時だ」と訴える。そのために、東郷神社境内の「海の宮」にA級戦犯を合祀するよう提唱。神社本庁などの主張通り靖国神社に「御霊(みたま)」が残っても、東郷神社に「移った」と見なして「ご遺族は心おきなく新しい座にお参りすることができる」ようになるとしている。

 中国などにも「誠意ある対応をしたことになる。靖国参拝のカードは有効でなくなる」ため、外交問題を沈静化できるという。(以下略)

私は長年中国語を学び、中国の歴史や文化を学び、中国に長く住んでいる。

そうした中で、公私の両面において、さまざまな状況において、中国人との交渉を行ってきた経験があるのだけれど、上記のニュースを見た時には、久しぶりに腹の底から笑った。何かの冗談ではないのかと、記事を疑った。でも、どうやらこういうことを真剣に考える人が実際にいるらしい。たぶんこの人は真面目な人なんだろうと思う。しかも中国には行った事がないのだろう。

中国人はあらゆる面において「こちらが一歩退けば、敵が一歩前に出る」というような言葉をよく口にする。交渉で厳しくやりあうのもいいかも知れないけれど、少しはこちらもゆずってあげれば、それで丸く収まるのではないか・・・というようなことを言うと、そのような反論が出てくるのである。「こっちが一歩退いてやれば、あっちが一歩前に出てくるだけのことじゃないの?」(アンタ、バカじゃないの?)という感じなのだ。

そこで、中国で実際に一歩退いてあげればどうなるのか?というと、その言葉のとおりなのだ。利害が対立している時に、こちらが一つ退けば、あちらが一歩前に出てくる。それで終わりである。書いていて我ながら虚しい気持ちになってくる。ごく当たり前の、当然過ぎるほどの、あちらの常識なのだ。

中国におけるこの手の日常感覚レベルの交渉の基礎が、多くの日本人にはわかっていない。それは住んでいる社会が全くことなるのだからしょうがない。たまに旅行に出かけて、万里の長城を見て、パンダを見て帰ってくるのなら、それでもいい。でも中国に住むのであれば、もしくは中国と何らかの交渉ごとをするというのならば、この「基礎」を先ず理解しておくべきではないかと思う。といおうか、こうしたことを書きつつも、一体私は何を書いているのだ、と思えるほどに虚しくなる。松橋暉男氏は余計なことをしたものだ、と思う。彼の発言は間違いなしに中国国内で宣伝に利用される。「日本の神道の宮司も、靖国神社のA級戦犯合祀に反対している」・・・彼らはこんな風に利用するわけだ。もしかして松橋暉男氏は中共関係者に既に取り込まれているのではないか?と思ったりもするが、よくわからない。確信犯であるのならばどうしようもないのだけれど、もし本気でそう考えているのならば、中国に1年くらい住んでみては如何だろうか?中国人との交渉が、まったく一歩も引けない、油断できないものだということを、理屈ぬきで体得できるはずである。

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