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2008.05.29

上海日軍慰安所実録

■著者:蘇智良、陳麗菲、姚霏
■出版社:上海三聯書店
■発行時期: 2005年1月
■頁数:287頁(137千字)
■サイズ:225×150×19(mm)
■色:白黒
■写真点数:193枚
■地図点数:49枚



【写真・上】
表紙。


【写真・中】本書では上海にあったとされる149の慰安所を写真・地図などによって詳しく解説している。(ものによっては写真や地図がないものもあります)


【写真・下】慰安所によっては詳細な住所、慰安婦の数、開設された時期なども記載されている。


この本を開くと「上海市教委“十五”規劃科研項目 上海市教委中国近現代史重点学科規劃項目」と書かれてある。「規劃」とは計画のことを意味する言葉で、長期にわたる大きな計画を意味する。「項目」とはプロジェクトのこと。つまりこの本は上海市教育委員会による長期的な研究プロジェクトであり、「中国近現代史重点学科」の長期的プロジェクトにより、調査・分析され、発刊されたものであることがわかる。

本書には上海にあった「慰安所」とされる場所、149箇所が収録されている。

冒頭に「上海日軍慰安所解析」と題して、上海における「日本軍慰安所」についての説明がある。

一、日軍慰安所的出現
日本軍が実行した「慰安婦」制度が始まったのは上海であるとし、1931年11月に日本海軍陸戦隊の将兵のために始まった「大一沙龍」(大一サロン)が世界初の日本軍慰安所である・・・という説明がある。ちなみに1931年11月というのは第一次上海事変の約3ヶ月前のことである。

二、日軍慰安所的延続
1930年代以前に、日本軍兵士を「慰問」する女性の呼称はいろいろあって統一していなかったが、1932年1月28日から始まる第一次上海事変を機に、同年3月「慰安婦団」が上海に上陸し、これが「慰安婦」という言葉の使われた最初であると指摘している。

三、日軍慰安所的拡展
1937年の日中戦争開始から、慰安所ならびに慰安婦制度が拡大と発展を遂げる。上海は日本軍が「慰安婦制度」を最も完全なものとし、最も慰安所が多かった都市であると指摘している。

四、上海日軍慰安所之類型
「日本軍慰安所」の経営方式の類型について分析している。

五、上海日軍“慰安婦”的来源
国籍別で分析した場合に、「慰安婦」による最大の被害者は中国人女性であるとしている。暴力をもって強行的に中国婦女をさらい、肩に番号の刺青を入れて、慰安婦にしたとの記載あり。1938年1月25日、公共租界の警察官であった「万代爾」(マンダイアー?西洋人の名前の音訳らしい)の報告を掲載している。

六、慰安婦制度的実質
「慰安婦制度」は日本軍国主義が中国とその他のアジアの国々を侵略した時期に戦争を継続することを目的に、各国の婦女を強迫して、日本軍人の性の道具として配備したものであり、女性を強迫して、人格・人性・民族自尊心・民族栄誉感を極度に侵害した暴行であり、人類数千年の文明史上、他に例を見ない特異現象であり、「慰安婦制度」は日本軍国主義の野蛮、残忍、暴虐を反映したものであるとしている。

本書を読めば、それほどに残虐にして許し難き日本軍の戦争犯罪が半世紀近く放置され、何故最近になって研究の対象となったのか?という疑問が湧いてくる。本書の著者である蘇智良教授の略歴欄を見ると、この研究が90年代から始まり、13年間調査研究が行われたことが記されている。本書の発刊は20005年であるため、13年遡れば、研究の開始は1993年頃であったことがわかる。1993年といえば第8期全人代第1回会議で、江沢民が国家主席に選出された時期と一致する。つまり本書・本研究は江沢民時代の中国が生み出した反日愛国主義教育の大きな成果の一つであるとも考えられる。本書は中国におけるいわゆる「慰安婦問題」の基礎的な資料として貴重な一冊である。

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