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	<title>黒色中国 &#187; 上海事変 - </title>
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	<description>★暗黒大陸の真実と実態</description>
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		<title>デジタル化された戦前の日本語雑誌『上海』と「１９１３年の南京事件」における日本人虐殺・国旗凌辱事件</title>
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		<pubDate>Sun, 03 Jan 2010 14:58:07 +0000</pubDate>
		<dc:creator>黒色中国</dc:creator>
				<category><![CDATA[コラム]]></category>
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		<description><![CDATA[昨日ツイートしたニュースの中で、一番気になったのはこれである。 http://twitter.com/bci_/status/7296353633戦前の上海には日本人が多く住んでいた。長崎あたりから船に乗ればすぐに着く近 ]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>昨日ツイートしたニュースの中で、一番気になったのはこれである。 <strong></strong><br />
<a class="replace" href="http://twitter.com/bci_/status/7296353633" target="_blank">http://twitter.com/bci_/status/7296353633</a>戦前の上海には日本人が多く住んでいた。長崎あたりから船に乗ればすぐに着く近さであるから、昔日本から上海へ手紙を書いた人はあて先を「長崎県上海市・・・」と書いたとか、そういう話が残っているくらいだった。</p>
<p>以前誰からか戦前の上海にも日本人が発行していた雑誌があったとか新聞があったとかという話を聞いた事があり、出来れば読んでみたいと思っていたところ、このニュースをたまたま見つけたのである。</p>
<p>世の中にはこういうものに興味の無い人が大半である。こういうものを好むのはよほどの趣味か奇人の類と思われることが多い。しかし、検索で飛んできたか、リンクを辿ってきたか、縁あって当方のサイトを知った人はその程度の多寡は別にして、たぶんこれから私が書こうとしていることに興味があるのではないかと思う。しばらく耐えてお付き合いいただきたい。</p>
<p><span id="more-7087"></span></p>
<p>以前から、第一次・第二次の上海事変に関する、当時の新聞や記録というものを読んで見たかったのである。今まで読んだのとは違うタイプの・・・噂に聞いていた現地発行の日本語新聞で。</p>
<p>■<strong>上海週報</strong>（神戸大学附属図書館デジタルアーカイブ）<strong><a href="http://www.lib.kobe-u.ac.jp/products/shanghai/" target="_blank"></p>
<p>http://www.lib.kobe-u.ac.jp/products/shanghai/</a></strong></p>
<p>このニュースを見つけて、ウェブサイトを開いた時には、本当にＰＣの前で飛び上がって雀踊りした。早速探してみたのは１９３７年８月のデータである。</p>
<p>・・・しかし、それは無かった。１９３２年１月のデータも見たかったのだけれど、それもなかった。</p>
<p>■<a href="http://www.lib.kobe-u.ac.jp/products/shanghai/intro.html" target="_blank"><strong>『上海』『上海週報』解題</strong></a>（神戸大学附属図書館デジタルアーカイブ）<strong><a href="http://www.lib.kobe-u.ac.jp/products/shanghai/" target="_blank"></a></strong></p>
<blockquote><p>雑誌『上海』は、1913年から1945年まで、上海で発行された日本語雑誌である。1928年から1933年の時期は『上海週報』と誌名が変更され、 1933年5月からは半月刊誌『上海』となった。1945年初頭までの刊行は確認されているが、停刊の時期は不明とされる。1916年での発行部数は 1000部とされる。同年における上海日本人居留民人口は、約11100人、戸数は約2200戸であり、創刊された前後の時期は、日本人居留民人口が 1908年の約7200人から1919年の約17700人へと急成長し、上海日本人居留民社会が確立する時期であったとされる。</p></blockquote>
<p>１９１３年から１９４５年ならば、上海事変の時期も途中に含まれるはずなのだが。</p>
<p>■<span> <a href="http://www.lib.kobe-u.ac.jp/www/modules/news/index.php?page=article&amp;storyid=197" target="_blank"><strong>戦前の上海で発行された『上海』『上海週報』を電子化公開</strong></a></span>（神戸大学附属図書館）</p>
<blockquote><p>今回公開するのは、神戸大学所蔵分のうち、第1号（1913）から第513号（1922）までです。著作権が存続していたり権利関係が不明な記事はマスキングしておりますので、ご了承下さい。非公開部分のご利用は社会科学系図書館サービス係までお問い合わせ下さい。</p></blockquote>
<p>うむむむ・・・１９２２年までなのだ。残念である・・・と思ったけれど、それまでの間で気になる事件はなかっただろうか？と少し考えてすぐに思いついた。それが表題の件なのである。</p>
<p><strong>１９１３年の南京事件</strong></p>
<p>一般に「南京事件」というと、それは「南京大虐殺」のことである。しかし「南京事件」と呼ばれるのは他にも幾つかあって、１９２７年にも起っている。１９２７年出版分のデータは今回の電子化公開には含まれていないのでこれも仕方ないのだけれど、１９１３年のは公開されている。上海の雑誌だけれど、南京はすぐそばなのだからたぶん何か書いているに違いない。そう思って調べてみると、すぐに見つかった。</p>
<p>■<a href="http://www.lib.kobe-u.ac.jp/products/shanghai/common/frame/fset.html?vol=shanghai_0031_0" target="_blank"><strong><span>第31号　1913年(大正2年)9月8日</span></strong></a></p>
<p>↑こちらの４ページ目にある。「●陥落後の南京」というところである。</p>
<p>１９１３年の南京事件というのは何なのか、簡単にまとめると１９１１年に清朝を打倒（辛亥革命）して孫文が中華民国を建てた後で、色々すったもんだあって、袁世凱を打倒（第二革命）しようと思ったのだけれど、孫文側はこれに失敗してしまう。その後、袁世凱政府の将軍だった張勲というのが南京に入城した際に、虐殺、強姦、略奪が行われて、その際に日本人１０数名が犠牲になったのである。</p>
<p>■<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AC%AC%E4%BA%8C%E9%9D%A9%E5%91%BD" target="_blank"><strong>第二革命</strong></a>（ウィキペディア）</p>
<p>■<a href="http://ww1.m78.com/topix-2/nanking%20affairs.html" target="_blank"><strong>第二次南京事件</strong></a>（別宮暖朗氏のサイト）<strong> </strong></p>
<p>詳しくはこれらのウェブサイトをご参照下さい。</p>
<p>話は戻って、上海週報の記事であるけれど、やっぱり当時の記事だけあって、非常に詳細に書かれていて、読みながらすっかり引き込まれてしまった。上記のページはＰＤＦでも開けるようになっていて、拡大なども出来る。それでもやはり読みにくさはあるし、旧字体で古めかしく読みにくい。そこで、日本人虐殺のところだけを書き起こしてみた。ぜひ読んでいただきたい。</p>
<blockquote><p><strong>●陥落後の南京</strong><br />
<strong>▲奪掠と強姦と虐殺と<br />
▲同胞数名惨禍を蒙る</strong><br />
南京陥れば張勲は、奪掠三日以て三軍将士を稿はんとすとは早く十数日前より傳はり、南軍をして悲憤憤慨せしめ両軍無意義の對抗を徒らに延引せしめたりしが、九月一日正午南京陥落し北軍城内に闖入してより、公許されたる奪掠三日の一言は不幸にして箴を為し、九十里の城垣は故なくして阿鼻叫喚の巷となり放火、奪掠、姦淫、虐殺等、有らゆる罪悪は凡ての北軍に依りて犯されたり</p>
<p>各軍の司令官は約束の如く三日の間入城を避け、遠く城外に在りて之を傍観し、野獣の如き士卒をして其欲する所に就かしめたり、鳴呼官軍既に良民を虐ぐ、王道何を以てか立てん、長江巡閲使今何處にか在る、鎮守使の使命を如何、宣撫使の旗幟を如何、</p>
<p><strong>▲同胞の遭難</strong><br />
初め何海鳴の南京に據りて事を舉ぐるや、硬軟両派の暗闘日に激しく連日城内に殺戮行はれ頗る危険なりしより、在留同胞は皆避難の準備を為し攻圍戦の開始と同時に領事館に避難する商民七十餘名婦女子は遠く上海又は日本に送還し戦争の経過を窺ひたり</p>
<p>九月一日陥落の報傳はり掠奪を防がんが爲め帰店するものあり、此時北兵已に大街を荒らし発砲しつつ、手当たり次第に掻攫ひ眼中内外の区別なきより、同胞数名は陰かに危険を感じ国旗を押立てて領事館に引揚げんとすれば、奪掠の諸兵当路に擁して誰何し、銃を擬しては所持品を奪はんとするも剩す所の一物なきを奈何せん、維れ命窮れり今は唯我国旗の威光により我は是れ日本人なりとの最後の頼みあるのみ、</p>
<p>然るに野獣の如き北兵は発砲せり雑貨商後藤勇次郎、村尾某の両人は即死を遂げ、館川勝次郎は重傷を負ふて逃れ後死亡せり、其後尚一名銃殺の惨を蒙り行方不明のもの数人を出せり、同胞の生命已に彼等の重ずる所とならず、財貨の奪掠の如きは言ふ迄もなきなり</p>
<p>太田、早川両医院の如き赤十旗と国旗を掲揚せるにも拘らず、掠奪隊の侵入を蒙る事一日二十数回医療機械より家具類に至る迄一として残す所なしと云ふ、</p>
<p>かくて我国旗は未曾有の凌辱を受けたり之を掲ぐるも威なき事一片の白布に等しく、偶其威を感じたるも旗上日章の部分を刳り取り之を泥土に破棄せり</p>
<p>此侮辱此時忍ぶべくんば又何処にか国威あらん帝国政府が北京公使を通じて厳重なる抗議を提起せる事誠に理由ありと云うべし</p></blockquote>
<p>読みやすさを考慮して、こちらで改行・句点を加えて、一部漢字は今の字体にしてある。</p>
<p>余計とは思いつつも、こちらの解説を加えると、</p>
<p><strong>「南軍」</strong>とは孫文側。<strong>「北軍」</strong>とは袁世凱側である。</p>
<p><strong>「奪掠三日以て三軍将士を稿はん」</strong>というのは昔ながらの支那の軍隊の伝統的習慣である。敵をやっつけて都市を占領すると勝った側の兵は三日間盗り放題のやり放題になる。そういうインセンティブを約束して、兵のモチベーションをあげるのである。古来俗に「賊如梳，官如剃」（賊軍は櫛で梳くように奪う、官軍は毛をかみそりで剃るように奪う）という。賊軍には追っ手があるから幾らか盗めば逃げてしまうけれど、官軍は逃げる必要がないのでとことんまで奪いつくしてしまう、という意味である。</p>
<p><strong>「何海鳴」</strong>とは人名である。日本人には馴染みが薄いけれど中国には「何」という姓がある。</p>
<p>■<a href="http://baike.baidu.com/view/1183141.htm?fr=ala0_1" target="_blank" class="broken_link"><strong>何海鳴</strong></a>（百度百科）</p>
<blockquote><p>1913年，最先获悉袁世凯谋杀宋教仁案情，公布于《民权报》，轰动天下。二次革命时，在南京策动讨袁，占据都督府，自任讨袁总司令，宣布独立，浴血奋战24天，失败后潜居香港。</p></blockquote>
<p>この人は要約すると文人肌の軍人である。というより文人がたまに軍人をやっているような感じだ。宋教仁が暗殺されたことを知って《民権報》を公布し、天下を轟かせる・・・とある。第二次革命の時に南京で袁世凱討伐（討袁）を策動し、都督府を占拠して、討袁の総司令官を自ら買って出て独立を宣布するも、激戦２４日間で失敗し、香港に逃れた・・・ということを書いてある。</p>
<p>この何さんが一念発起していろいろやり始めたのだけれど、どうも上手く行ってない。たくさん人が殺されて危なっかしい。こりゃダメだと思って在留邦人が領事館に集まって上海か日本に逃げて戦争のなりゆきを見ていたけれど、９月１日に北軍が勝って戦争が終結したので、それで自分の店を掠奪されては困ると思って帰って来た人たちがいた。帰ってみると既にに北軍の兵は已に街を荒らして発砲し、中国人・外国人問わずに手当たり次第に掠奪をしていたので、危険を感じた日本人は日の丸を押し立てて領事館に戻ろうとしていたところ掠奪の兵に遭い、「お前らは何者や？なんぞ武器でも持ってるんとちゃうか？」といって調べる事を口実に所持品を奪おうとする。怯えつつも日の丸を見せて「私たちは日本人なんですよ」と云ったところ、北軍の兵士は発砲し、２名はその場で即死、１名は重傷を負って逃げるもその後死んでしまい、その後またもう一人が殺され、行方不明がわからなくなったものも何名かいた（たぶんその場で殺されなかったのは女性だったのではないでしょうか）。</p>
<p>太田医院・早川医院という病院があったそうで、その両方とも赤十字の旗と日の丸を揚げていたのだけれど、度重なる掠奪を受けて医療機械から家具にいたるまで何もかも盗られてなくなってしまった。</p>
<p>日の丸は真ん中の赤丸の部分をえぐりとられ、泥の中に捨てられた。</p>
<p>・・・というわけです。</p>
<p>非常に生々しく当時の惨状が伝わってくる文章ですが、読後すぐに思ったのは「今の中国とあまり変わらない」ということ。これが１９１３年のこととは思えません。たぶん２０１３年あたりにも同じようなことをやってくれるのではないか・・・と思うのです。</p>
<p>この記事はその後「南京三日記」として、その掠奪し放題の三日間のレポートになりますが、たぶんこれを読んで<strong>「中国人がそんな残酷なことをするわけがない！」</strong>とか、<strong>「日本人が書いたものだから故意に中国人を貶めようとしてウソをついているに違いない！」</strong>とか<strong>「実はそれは日本軍がやったころだろ！」</strong>とかいう人が居るかも知れません。結構世の中にはそういう人がおりますからね。でも「南京三日記」の後半部分には「チャイナプレス」からの引用部分があって、たぶんこのチャイナプレスというのは当時の中国の英字新聞かと思うのですが、その引用部分がまたすごい内容になっております。関心のある方はぜひお読み下さい。<div class="tmkm-amazon-view">
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		<title>上海老地図系列　上海１９３２</title>
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		<pubDate>Thu, 29 May 2008 08:09:31 +0000</pubDate>
		<dc:creator>黒色中国</dc:creator>
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		<category><![CDATA[書籍]]></category>
		<category><![CDATA[上海事変]]></category>
		<category><![CDATA[租界]]></category>

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		<description><![CDATA[■責任編集：張越偉、宗宏偉 ■封面設計：五行人平面芸術設計 ■出版社：中華地図学社 ■印刷：蘇州市永新印刷包装有限責任公司 ■発行時期：２００６年８月 ■収納時のサイズ：191×140×3（mm） ■展開時のサイズ：56 ]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><strong>■責任編集：</strong>張越偉、宗宏偉<br />
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<hr/>
<a href="http://www.blackchina.info/wp-content/uploads/2008/05/sh1932_s_1.jpg" rel="lightbox[42]"><img class="alignnone size-medium wp-image-43" title="sh1932_s_1" src="http://www.blackchina.info/wp-content/uploads/2008/05/sh1932_s_1-230x320.jpg" alt="" width="230" height="320" /></a><strong><br />
【写真・上】</strong>表紙。この地図は折りたたみの1枚もので、写真は地図が入れられている袋のものです。<br />
<span id="more-42"></span><br />
<a href="http://www.blackchina.info/wp-content/uploads/2008/05/sh1932_s_2.jpg" rel="lightbox[42]"><img class="alignnone size-medium wp-image-44" title="sh1932_s_2" src="http://www.blackchina.info/wp-content/uploads/2008/05/sh1932_s_2-320x240.jpg" alt="" width="320" height="240" /></a><br />
<strong>【写真・中】</strong>全体図。横長の地図で、厚手のしっかりした紙に印刷されています。</p>
<p><a href="http://www.blackchina.info/wp-content/uploads/2008/05/sh1932_s_3.jpg" rel="lightbox[42]"><img class="alignnone size-medium wp-image-45" title="sh1932_s_3" src="http://www.blackchina.info/wp-content/uploads/2008/05/sh1932_s_3-320x240.jpg" alt="" width="320" height="240" /></a><br />
<strong>【写真・下】</strong>中心部・西部・市全体図はこのように拡大図がついてきます。</p>
<hr />
原題を「上海老地図系列　上海１９３２」といいます。１９３２年に発行された「新測上海地図」の復刻版です。この中華地図学社発行の上海老地図シリーズは１９３２年、１９４８年、１９５６年の三種類が発行されていますが、一見すると中途半端な区切りで、どうして２４年の間の３つの地図を発行する必要があるのだろうか？と思われるかもしれません。</p>
<p>１９３２年版の地図は、１８４３年以来発展をした「租界都市・上海」としての完成形があるわけです。１９３２年に第一次上海事変、１９３７年に第二次上海事変が起きて、上海は日本による占領下となりますので、それ以後、上海は租界時代の姿を少しづつ失ってしまうわけです。</p>
<p>１９４８年版の地図は、日本による占領が終わり、中華民国すなわち中国国民党による支配下の上海の姿がそこ見られます。国民党政府による戦後復興・都市計画によって様変わりしますが、この後で国共内戦に巻き込まれ、１９４９年５月２７日以後、上海は共産党の占領下となりますので、１９４８年版の地図にはそれ以前の「中華民国の上海」の姿が見られるわけです。</p>
<p>１９５６年版の地図は、中国共産党の占領下となった後に「社会主義改造」というのが始まります。色んな建物やら施設、設備が共産党や上海市政府、人民解放軍などに接収されて名前を変えられたり、組織再編されたりするわけです。そういうのがあらかた落ち着こうとする時期の上海地図です。この１０年後に文化大革命が始まってあちこちの建物やら施設が破壊されますので、この地図ではそれ以前の上海の姿を見ることが出来ます。もう一つ特筆すべきはこの時点ではまだ簡体字が使われていない、と言うことです。共産党占領下でありながら、簡体字ではない普通の漢字で読むことの出来る最後の上海というところでしょうか。</p>
<p>さて、そういう上海老地図シリーズの第一弾である１９３２年版ですが、戦前戦中の上海に興味のある人ならば、読んでいて全く飽きないと思います。<br />
範囲で申しますと、北辺は現在の彭浦新村のあたり、東北辺は復興島のあたり、東辺は浦東の上海海事大学あたり、浦東はこの頃あんまり開発が進んでいない事もあってか、その他の浦東の東部の大部分は上海の西側の虹橋空港とその周辺の地図と外灘から人民広場周辺までの地図で埋められています。南辺浦東側は周家渡と唐家宅のあたり、南辺浦西側は龍華～徐家匯の南部あたりまで、南西辺は大上海市区全図（民国時代に制定された区域。北は呉淞のあたりから南は閔行あたりまで）が掲載されています。西側は古北あたりまでがカバーされています。これ以前の地図というものがどんなものだったのかは良くわかりませんが、元の地図の名前が「新測上海地図」というだけあって、ちゃんと測量して作られたようで、地名なんかは現在とは全く違う地域もあったりしますが、土地勘的にはかなり正確であると思われます。</p>
<p>こういう古い地図というのは色々な見方があって面白く、楽しみ方は人それぞれかとは思いますが、端的には２つの見方があると思います。</p>
<p><strong>■その１：租界時代の上海を知るための貴重な資料</strong><br />
前述した通り、1932年以後は日中戦争などで租界時代の上海の姿は失われていきますので、それらについて知る上でこの地図は貴重な資料となります。フランス租界、共同租界などはちゃんと色分けされていますし、赤い実線・破線・点線でバス、トロリーバス、トラムなどの路線も確認できます。それと昔の通りの名前とか、地名なんかもわかります。ただ一つ欠点を申し上げれば、英語名は書かれていないということです。だから夢のスマロが何処かはわかりますけど、モニュメントロードは何処なのか？というのはすぐにわかりません。</p>
<p><strong>■その２：上海事変－日中戦争を読み解くための貴重な資料</strong><br />
先に出ましたモニュメントロードとは第二次上海事変の発端となった大山事件の起った場所です。さて共同租界のエクステンション（国際的な自由通行の出来る道路）の碑坊路（モニュメントロードの漢字名）は何処かいな・・・と探してみると、見つかりました。これって今の虹橋空港のすぐそばですね。共同租界のエクステンションっていいますから、共同租界の周りでばかり探してみますけど、空港はみんなで共同使用するわけですから、そこに至る道も共同租界の飛び地的みたいにしてずっと伸びて行ってるわけです。こういう地理感覚がよくわからないと「大山大尉は共同租界のエクステンションを走っていたのに！けしからん！」と我々は思いますし、地理感覚のある中国人の方は「共同租界のエクステンションっていってもあれは空港に伸びる飛び地みたいなもんじゃないか。飛行機に乗りに来たわけでもないのに、来る事自体が怪しいだろうが！」と思っているわけで、どっちの言い分が正しいかは別にして、地図を実際に目の前にしてみないとよくわからないことというのは、色々とあるわけです。<br />
その他に上海事変や日中戦争などに関する場所でいえば、上海天長節爆弾事件の起った虹口公園、その近くにある日本海軍倶楽部なんかもみえます。第二次上海事変の地理的検証なんかもこの地図で出来ます。（呉淞とか杭州湾あたりは載ってませんけど）。それと東亜同文書院大学の場所も確認出来ますね。それと黄浦江沿いには日本名の倉庫や工場、港湾施設などがみられます。</p>
<p>それとこの復刻版はオリジナルの原版ではなくて、誰かが使用したものを元にして複製しているみたいで、前の所有者の書き込みがあちこちに見られます。でもその書き込みがけっこう面白くて、一体前の所有者はどんな人だったのだろうか・・・と想像を掻き立てます。</p>
<p>1932年版はいろんな意味で興味深い上海の歴史を今に伝える復刻版地図です。</p>
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</a></p>
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		<title>【写真集】日軍占領時期的上海（日本軍占領時期の上海）</title>
		<link>http://www.blackchina.info/archives/25</link>
		<comments>http://www.blackchina.info/archives/25#comments</comments>
		<pubDate>Thu, 29 May 2008 07:27:10 +0000</pubDate>
		<dc:creator>黒色中国</dc:creator>
				<category><![CDATA[上海事変]]></category>
		<category><![CDATA[書籍]]></category>
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		<category><![CDATA[上海市政府オフィシャル写真集]]></category>
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		<category><![CDATA[大虐殺]]></category>
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		<category><![CDATA[第二次上海事変]]></category>

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		<description><![CDATA[■編纂：上海市档案館 ■出版社：上海人民出版社 ■発行時期： 2007年6月 ■頁数：225頁（10万字） ■サイズ：170×240×14（mm） ■色：白黒（元が全て白黒写真ですので） ■写真点数：400数枚（本書に記 ]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><b>■編纂：</b>上海市档案館<br />
<b>■出版社：</b>上海人民出版社<br />
<b>■発行時期：</b> 2007年6月<br />
<b>■頁数：</b>225頁（10万字）<br />
<b>■サイズ：</b>170×240×14（mm）<br />
<b>■色：</b>白黒（元が全て白黒写真ですので）<br />
<b>■写真点数：</b>400数枚（本書に記載）</p>
<hr />
<p>
<a href="http://www.blackchina.info/wp-content/uploads/2008/05/shanghai_1.jpg" mce_href="http://www.blackchina.info/wp-content/uploads/2008/05/shanghai_1.jpg" rel="lightbox[25]"><img class="alignnone size-medium wp-image-26" title="shanghai_1" src="http://www.blackchina.info/wp-content/uploads/2008/05/shanghai_1-231x320.jpg" mce_src="http://www.blackchina.info/wp-content/uploads/2008/05/shanghai_1-231x320.jpg" alt="" height="320" width="231"></a><br />
<b>【写真・上】</b>表紙です。<br />
<img src="http://www.blackchina.info/wp-includes/js/tinymce/plugins/wordpress/img/trans.gif" mce_src="http://www.blackchina.info/wp-includes/js/tinymce/plugins/wordpress/img/trans.gif" alt="" class="mceWPmore mceItemNoResize" title="もっと読む..."><br />
<a href="http://www.blackchina.info/wp-content/uploads/2008/05/shanghai_2.jpg" mce_href="http://www.blackchina.info/wp-content/uploads/2008/05/shanghai_2.jpg" rel="lightbox[25]"><img class="alignnone size-medium wp-image-27" title="shanghai_2" src="http://www.blackchina.info/wp-content/uploads/2008/05/shanghai_2-320x232.jpg" mce_src="http://www.blackchina.info/wp-content/uploads/2008/05/shanghai_2-320x232.jpg" alt="" height="232" width="320"></a><br />
<b>【写真・中】</b>キャプション：「8月初旬に日本軍の艦船３０数隻が上海に集結、海軍陸戦隊は１．２万人、８月９日に日本軍は下心を以て虹橋空港事件（大山事件のこと）を起こして、上海再侵略の口実とした」。右は第三艦隊旗艦の装甲巡洋艦「出雲」。</p>
</p>
<p><a href="http://www.blackchina.info/wp-content/uploads/2008/05/shanghai_3.jpg" mce_href="http://www.blackchina.info/wp-content/uploads/2008/05/shanghai_3.jpg" rel="lightbox[25]"><img class="alignnone size-medium wp-image-28" title="shanghai_3" src="http://www.blackchina.info/wp-content/uploads/2008/05/shanghai_3-320x232.jpg" mce_src="http://www.blackchina.info/wp-content/uploads/2008/05/shanghai_3-320x232.jpg" alt="" height="232" width="320"></a><b><br />
【写真・下】</b>キャプション：「暴虐きわまる大虐殺が日本軍の占領区で毎日行われた。宝山県では当時日本軍により銃殺、刺殺、焼死、生き埋めにより１１２３３人が殺された」・・・その他、集められた居民二三百人が機銃掃射を受けた・・・と続きます。</p>
<hr />
<p>原題を「日軍占領時期的上海」といいます。<br />
上記「編纂」に「上海市档案館」とありますが、これは上海市の公文書館のことです。つまりこの写真集は2007年の第二次上海事変70周年を記念して上海市政府によって発行された「オフィシャル写真集」とも呼ぶべきものなのです。内容は題名通り、第二次上海事変勃発から占領、そして日本の終戦までの写真を集めています。</p>
</p>
<p>一般的にあちらの反日関連の写真集は印刷やら紙の質があまり良くない（この手の本は質が良くなくてもそこそこは売れるわけですから）のが普通なのですが、上海市政府オフィシャル写真集ということだけあって、写真は鮮明で印刷の質も良いです。まだ刊行されてから1年も経っていないこともあり、第二次上海事変と占領期に関する中国側の出版した写真資料としては現在手に入る中で最高のものではないか、と思われます。</p>
<p>キャプションには興味深いところが多いです。これは上海市政府公式の歴史見解のはずですから、あちらの歴史教育なんかも、そのまんまなんだろうなぁ・・・と想像できます。</p>
<p>中国による反日歴史観・宣伝のための出版物はどうしても南京関連の方へ目が行ってしまいますが、その発端である第二次上海事変についての中国側の公式見解を見ると、中国が作り出した「反日歴史観」が改めてよく見えてくると思います。
</p>
<p style="text-align: center;" mce_style="text-align: center;">■■■ご購入はこちらからお願い致します■■■<a href="http://auctions.yahoo.co.jp/jp/booth/blackchinainfo" mce_href="http://auctions.yahoo.co.jp/jp/booth/blackchinainfo" target="_blank"><img src="http://image.auctions.yahoo.co.jp/banner.gif" mce_src="http://image.auctions.yahoo.co.jp/banner.gif" alt="" border="0"><br />
</a><br mce_bogus="1"></p>
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		<item>
		<title>上海日軍慰安所実録（上海の日本軍慰安所研究）</title>
		<link>http://www.blackchina.info/archives/8</link>
		<comments>http://www.blackchina.info/archives/8#comments</comments>
		<pubDate>Thu, 29 May 2008 05:38:34 +0000</pubDate>
		<dc:creator>黒色中国</dc:creator>
				<category><![CDATA[慰安婦問題]]></category>
		<category><![CDATA[書籍]]></category>
		<category><![CDATA[輸入書籍]]></category>
		<category><![CDATA[上海]]></category>
		<category><![CDATA[上海事変]]></category>
		<category><![CDATA[中国]]></category>
		<category><![CDATA[従軍]]></category>
		<category><![CDATA[慰安婦]]></category>
		<category><![CDATA[慰安所]]></category>
		<category><![CDATA[日本軍]]></category>

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		<description><![CDATA[■著者：蘇智良、陳麗菲、姚霏 ■出版社：上海三聯書店 ■発行時期： ２００５年１月 ■頁数：２８７頁（１３７千字） ■サイズ：225×150×19（mm） ■色：白黒 ■写真点数：１９３枚 ■地図点数：４９枚 【写真・上 ]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><strong>■著者：</strong>蘇智良、陳麗菲、姚霏<br />
<strong>■出版社：</strong>上海三聯書店<br />
<strong>■発行時期：</strong> ２００５年１月<br />
<strong>■頁数：</strong>２８７頁（１３７千字）<br />
<strong>■サイズ：</strong>225×150×19（mm）<br />
<strong>■色：</strong>白黒<br />
<strong>■写真点数</strong>：１９３枚<br />
<strong>■地図点数</strong>：４９枚</p>
<hr /><strong><a href="http://www.blackchina.info/wp-content/uploads/2008/05/ianjo_1.jpg" rel="lightbox[8]"><img class="alignnone size-medium wp-image-12" title="ianjo_1" src="http://www.blackchina.info/wp-content/uploads/2008/05/ianjo_1-214x320.jpg" alt="" width="214" height="320" /></a><br />
【写真・上】</strong>表紙。<br />
<span id="more-8"></span><br />
<a href="http://www.blackchina.info/wp-content/uploads/2008/05/ianjo_2.jpg" rel="lightbox[8]"></a><a href="http://www.blackchina.info/wp-content/uploads/2008/05/ianjo_2.jpg" rel="lightbox[8]"><img class="alignnone size-medium wp-image-13" title="ianjo_2" src="http://www.blackchina.info/wp-content/uploads/2008/05/ianjo_2-320x251.jpg" alt="" width="320" height="251" /></a><br />
<strong>【写真・中】</strong>本書では上海にあったとされる１４９の慰安所を写真・地図などによって詳しく解説している。（ものによっては写真や地図がないものもあります）</p>
<p><a href="http://www.blackchina.info/wp-content/uploads/2008/05/ianjo_3.jpg" rel="lightbox[8]"></a><a href="http://www.blackchina.info/wp-content/uploads/2008/05/ianjo_3.jpg" rel="lightbox[8]"><img class="alignnone size-medium wp-image-14" title="ianjo_3" src="http://www.blackchina.info/wp-content/uploads/2008/05/ianjo_3-320x254.jpg" alt="" width="320" height="254" /></a><br />
<strong>【写真・下】</strong>慰安所によっては詳細な住所、慰安婦の数、開設された時期なども記載されている。</p>
<hr />この本を開くと「上海市教委“十五”規劃科研項目　上海市教委中国近現代史重点学科規劃項目」と書かれてある。「規劃」とは計画のことを意味する言葉で、長期にわたる大きな計画を意味する。「項目」とはプロジェクトのこと。つまりこの本は上海市教育委員会による長期的な研究プロジェクトであり、「中国近現代史重点学科」の長期的プロジェクトにより、調査・分析され、発刊されたものであることがわかる。</p>
<p>本書には上海にあった「慰安所」とされる場所、１４９箇所が収録されている。</p>
<p>冒頭に「上海日軍慰安所解析」と題して、上海における「日本軍慰安所」についての説明がある。</p>
<p><strong>一、日軍慰安所的出現</strong><br />
日本軍が実行した「慰安婦」制度が始まったのは上海であるとし、1931年11月に日本海軍陸戦隊の将兵のために始まった「大一沙龍」（大一サロン）が世界初の日本軍慰安所である・・・という説明がある。ちなみに1931年11月というのは第一次上海事変の約３ヶ月前のことである。</p>
<p><strong>二、日軍慰安所的延続</strong><br />
1930年代以前に、日本軍兵士を「慰問」する女性の呼称はいろいろあって統一していなかったが、１９３２年1月２８日から始まる第一次上海事変を機に、同年3月「慰安婦団」が上海に上陸し、これが「慰安婦」という言葉の使われた最初であると指摘している。</p>
<p><strong>三、日軍慰安所的拡展</strong><br />
１９３７年の日中戦争開始から、慰安所ならびに慰安婦制度が拡大と発展を遂げる。上海は日本軍が「慰安婦制度」を最も完全なものとし、最も慰安所が多かった都市であると指摘している。</p>
<p><strong>四、上海日軍慰安所之類型</strong><br />
「日本軍慰安所」の経営方式の類型について分析している。</p>
<p><strong>五、上海日軍“慰安婦”的来源</strong><br />
国籍別で分析した場合に、「慰安婦」による最大の被害者は中国人女性であるとしている。暴力をもって強行的に中国婦女をさらい、肩に番号の刺青を入れて、慰安婦にしたとの記載あり。1938年1月25日、公共租界の警察官であった「万代爾」（マンダイアー？西洋人の名前の音訳らしい）の報告を掲載している。</p>
<p><strong>六、慰安婦制度的実質</strong><br />
「慰安婦制度」は日本軍国主義が中国とその他のアジアの国々を侵略した時期に戦争を継続することを目的に、各国の婦女を強迫して、日本軍人の性の道具として配備したものであり、女性を強迫して、人格・人性・民族自尊心・民族栄誉感を極度に侵害した暴行であり、人類数千年の文明史上、他に例を見ない特異現象であり、「慰安婦制度」は日本軍国主義の野蛮、残忍、暴虐を反映したものであるとしている。</p>
<p>本書を読めば、それほどに残虐にして許し難き日本軍の戦争犯罪が半世紀近く放置され、何故最近になって研究の対象となったのか？という疑問が湧いてくる。本書の著者である蘇智良教授の略歴欄を見ると、この研究が90年代から始まり、13年間調査研究が行われたことが記されている。本書の発刊は２０００５年であるため、１３年遡れば、研究の開始は１９９３年頃であったことがわかる。1993年といえば第8期全人代第1回会議で、江沢民が国家主席に選出された時期と一致する。つまり本書・本研究は江沢民時代の中国が生み出した反日愛国主義教育の大きな成果の一つであるとも考えられる。本書は中国におけるいわゆる「慰安婦問題」の基礎的な資料として貴重な一冊である。</p>
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</a></p>
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		<title>上海淞滬抗戦記念館</title>
		<link>http://www.blackchina.info/archives/61</link>
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		<pubDate>Mon, 11 Jun 2007 16:11:17 +0000</pubDate>
		<dc:creator>黒色中国</dc:creator>
				<category><![CDATA[上海]]></category>
		<category><![CDATA[反日記念館]]></category>
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		<description><![CDATA[所在地：上海市宝山区友誼路１号甲 郵便番号：２０１９００ TEL：（０２１）６６７８６３７７ FAX：（０２１）６６７８６３２２ WEB：http://www.china813.com]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><b>所在地：<b>上海市宝山区友誼路１号甲<br />
<b>郵便番号：<b>２０１９００<br />
<b>TEL：<b>（０２１）６６７８６３７７<br />
<b>FAX：<b>（０２１）６６７８６３２２<br />
<b>WEB：<b>http://www.china813.com/</p>
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